鹿部の温泉

町民とともに300年以上の歴史を刻んできました。

鹿部町と温泉~自然の恵み、地熱が生んだ温泉郷~

鹿部町が位置する渡島半島から青森北部にかけては、マグマが地下にあり、温泉の「熱源」になっている可能性が高いといわれています。この地域は温泉が多く、日本でも有数の地熱地帯です。この地域は通常の2~3倍もの熱量でした。このことは地下の浅いところに熱を出す源があることを意味しています。

泉質と効能

Na・Ca-SO4型温泉

ナトリウム・カルシウム-硫黄塩泉が主ですが、それぞれの泉源が異なる泉質となっており、適応症は、神経痛、関節痛、うちみ、痔症、リウマチ性疾患、創傷及び火傷、皮膚症、動脈硬化症、高血圧症、などに効果があります。

鹿の湯露天風呂

鹿の湯旅館 露天風呂

吉の湯温泉

吉の湯旅館 温泉

鹿部温泉のあゆみ~長い歴史のある鹿部の温泉~

寛文6年(1666年)、かつての津軽国(青森県)からこの地にやってきた伊藤源五郎は、傷を負った1頭の鹿が温泉で傷を癒すのを発見しました。彼はここに温泉を開き、鹿部の湯は多くの旅人や漁民に知られるようになりました。

大正13年(1924年)4月、温泉の試掘中に熱湯が噴き上げたという記録があります。これが有名な「間歇泉・鶴の湯」の始まりです。当時の人はここに温泉旅館を作るなどして温泉観光に着手しました。

鹿部温泉年表
1615年(元和元年) 司馬宇兵衛が下北より鹿部に移住した
1640年(寛永17年) 駒ケ岳大噴火 内浦湾内外に大きな被害
1661年(寛文元年) 伊藤源五郎が鹿部温泉発見
1780年(安永9年) 伊藤源五郎が(寛文年間発見者2代の孫)が鹿部温泉を開湯(のちの鹿の湯)
1856年(安政3年) 駒ケ岳大噴火
1871年(明治4年) 伊藤源五郎、鹿部村駅逓取扱人になる
1881年(明治14年) 伊藤源五郎、浜の湯・亀泊湯の浴用鉱泉免許を受ける
1887年(明治20年) 鹿部小学校教員、児童を引率し、亀泊の海浜を手堀で温泉を発掘 亀の湯の始まりとなる
1901年(明治34年) 旅館兼公衆浴場「亀の湯」亀遊館を開業
在来の鹿の湯を「古湯」、亀の湯を「新湯」と呼ぶ
1909年(明治42年) 伊藤源五郎、鹿の湯温泉旅館長命館を新築
1923年(大正12年) 相沢良恂、亀の湯に温泉療養研究所を設け温泉委員と呼す
1924年(大正13年) 間歇泉温泉「鶴の湯」を発見
1929年(昭和4年) 大沼・鶴の湯間に電車線が開通
駒ケ岳大噴火 内浦湾沿岸に大きな被害
1945年(昭和20年) 鹿部村 空襲で3戸全焼、死者20名の被害
1950年(昭和25年) 亀の湯、公衆浴場を建築し営業
午前6時~午後9時 入浴料大人10円
1983年(昭和58年) 町政を施行
1989年(平成元年) 北海道まちづくり100選に「渡島リハビリ福祉の里」入選
1993年(平成5年) 町制施行10周年記念式典
1999年(平成11年) しかべ間歇泉公園オープン
2016年(平成28年) 道の駅しかべ間歇泉公園リニューアルオープン
2018年(平成30年) 「しかべ間歇泉」が北海道遺産に選定

温泉と一緒に楽しむイベント

しかべ海と温泉(いでゆ)のまつり&花火大会

しかべ海と温泉(いでゆ)のまつりは、毎年第3土曜日に開催される、鹿部最大のイベントです。港内で繰り広げられる「カッター競漕」、海の生き物に見てふれることが出来る「ふれあい水族館」、様々なステージイベント、豪華景品のあたる「大ビンゴ大会」など、朝から盛りだくさんの内容で、子供からお年寄りまでたっぷり楽しめます。

祭りのハイライトを飾るのは、道南一を誇る「花火大会」。漁港内で打ち上げられる花火は迫力満点!夜空に花咲く大輪が漁港を彩ります。

祭りを楽しんだあとは、ゆっくりと鹿部温泉で!

しかべ海と温泉のまつりカッター競漕

カッター競漕

まつり音頭

海と温泉のまつり音頭

しかべ海と温泉のまつり花火大会

温泉を利用した施設

コミュニティー・プール

コミュニティープール

コミュニティ・プールは温泉利用の熱交換式による温水プールです。プール内には天然温泉を引いた浴室もあり水着で入れるようになっています。

ロードヒーティング

ロードヒーティング

渡島リハビリテーションセンターへ向かう町道常呂山道路線のロードヒーティングに活用しています。

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水産経済課 食と観光推進室
〒041-1498 北海道茅部郡鹿部町字鹿部252番地1

電話番号:01372-7-5293
ファックス:01372-7-3086

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